世界各国の知見と企業・公的現場の実践から探究する、キャリア支援の原点と「社会正義」の実現
登壇者
【講師・研究会顧問】
下村 英雄(しもむら ひでお)先生(キャリア心理学者/東京成徳大学大学院講師/日本キャリア教育学会前会長/筑波大学博士(心理学))
【実践発表登壇者】
佐藤 美礼(さとう みゆき)さん(社会正義のキャリア支援研究会 主宰/SJキャリア研究所 代表/国家検定1級キャリアコンサルティング技能士)
天池 とも子(あまいけ ともこ)さん(デロイト トーマツ グループ CSディビジョンマネジメント/Just Do It!! 地域イニシアチブ Career Reboot部会 リード)
藤原 侑亮(ふじわら ゆうすけ)さん(Reunicar 代表/国家資格キャリアコンサルタント)
若栗 幹衛(わかぐり みきえい)さん(ハローワーク木場 シニア支援コーナー担当生活支援アドバイザー/国家検定2級キャリアコンサルティング技能士)
【開催概要】全国から60名が丸の内に参集。世界潮流の講義、企業・行政の実践発表、対話で紡ぐ1日
当研究会は、2026年4月11日(土)に第12回研究会を開催いたしました。デロイト トーマツ グループ様のご協力をいただき、丸の内の新東京ビルを会場として全国から60名のキャリア支援者が一堂に会しました。
プログラム前半では、顧問の下村英雄先生による特別講義が行われました。著書『社会正義のキャリア支援』を出発点に、官民を超えた「公(おおやけ)の視点」の重要性を提示。国際キャリア教育学会(IAEVG)の機関誌に掲載された最新知見から、世界各国の研究者や専門家による社会正義論のトレンドや「トラウマ・インフォームド・キャリアカウンセリング」の理論的展開が解説されました。
プログラム後半では、企業・行政現場の実践発表が行われました。佐藤美礼さん・天池とも子さん・藤原侑亮さんからは「企業における社会正義のキャリア支援」をテーマに、キャリア再起(Career Reboot)、障がい当事者視点による企業内プロボノ活動、「ビジネスと人権」に基づく「尊重の対話」が発表されました。続いて若栗幹衛さんから「シニア男性のキャリア支援」として、ハローワークにおける「体験型面接会」の成果と課題が提示されました。
小グループでのディスカッションを通じ、それぞれの持ち場で社会正義を体現するための知見と志が共有されました。
【講義ハイライト】世界の「社会正義のキャリア支援」と支援者に求められる基本的態度
1. 『社会正義のキャリア支援』から捉える「公の視点」と支援の本質
講義冒頭では、適切に能力や知識を発揮できる職業へつなぐ支援の社会的意義が整理されました。適切な就労と収入の確保は、個人の生活だけでなく、貧困や不満による社会の不安定化を防ぎ、自発的な決定権を支える民主主義社会の基盤となります。下村先生からは恩師・木村周先生の「官民を超えた公の視点が大切である」「いつでもどこでも誰でもやり直しのきく社会へ」が紹介され、「我々はキャリア支援の実践そのものを通じて社会正義を実現している」という本質的な提起がなされました。
2. IAEVG MAGAZINE 12月号に見る世界各国の研究・実践の潮流
IAEVG機関誌の特集から、世界各地の研究者や専門家、実務家たちが現場の最新課題やトレンドとして議論している実践報告が紹介されました。
- 東アフリカ:難民キャンプ等で支援者が個人の可能性を開く「触媒(カタリスト)」として機能。
- 南部アフリカ:正規雇用のみならず「起業」や「自給自足」も価値ある仕事と捉え直す家族全体へのアプローチ。
- 南アメリカ(マルセロ・リベイロ):欧米発の普遍的理論(グローバル・ノース)と現地の素朴なキャリア観(ローカル・サウス)の「対話と共構築」による社会変革。
- 中東・北アフリカ / アジア・日本:集団規範や会社コミュニティとの調整(日本の組織課題と通底)や、少子高齢化・実存的排除(不登校やLGBTQの生存課題)、AI時代における手仕事体験の意義。
- 欧州・北米:持続可能性(サステナビリティ)や組織・社会へ働きかけるアドボカシーの推進。
3. トラウマ・インフォームド・キャリアカウンセリングと「社会正義へのコミット」
逆境的小児期体験(ACEs)や災害などのトラウマが成人後のキャリア発達(慢性的な失業等)に影響を与える背景が提示されました。これを単なる「本人の職業意識不足」と誤帰属させず、トラウマを考慮したナラティブ(物語の再構築)支援を行う重要性が説かれました。
「心理臨床が終わってからキャリア支援を行う」のではなく、「心理臨床とキャリア支援を並行する」アプローチへの転換です。
ここで下村先生は、心理カウンセラーのカール・ロジャーズが提唱した「カウンセリングの3条件(①無条件の肯定的配慮=相手を否定せず受け止めること、②共感的理解=相手の視点に立って理解すること、③自己一致=支援者が偽りのない誠実な状態でいること)」に言及されました。このうち「自己一致」を、「支援者が社会正義にコミットしている状態」と再定義することで、構造的不正義に悩むクライエントに真の変化をもたらすという示唆が与えられました。
【実践発表ハイライト①】企業における社会正義のキャリア支援
1. キャリア再起(Career Reboot)と「49対51」の信念(佐藤美礼 さん)
主宰者の佐藤美礼さんからは、ハラスメント等の挫折経験からの立ち直り(Career Reboot)を支える取り組みが語られました。企業側でタブー視されがちな「社会正義」の言葉に対し、下村先生から授かった「49対51」(地道な関わりでオセロの白黒が裏返るようにマイノリティの状況が変わっていく)の信念を胸に、企業内での理解を広げてきたプロセスが共有されました。
2. 障がい当事者視点と企業内プロボノ「Career Reboot部会」(天池とも子 さん)
デロイト トーマツ グループの天池とも子さんからは、企業における社会正義のキャリア支援の具体的な実践事例が報告されました。同社のプロボノチーム(JDI)内で「Career Reboot部会」を立ち上げ、「キャリアは自己責任」という固定観念に対し「キャリアは社会で支えるもの」という新しい視点の浸透に取り組んでいます(社内イベントで150名超を集めたワークの実施等)。
3. 「ビジネスと人権」とキャリア支援の融合・「尊重の対話」(藤原侑亮 さん)
Reunicar代表の藤原侑亮さんからは、自身の体験から学んだ「学ぶ機会や安心して話せる場の重要性」が示されました。「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づき、企業の人権リスク(過剰労働、ハラスメント等)からアプローチするアドボカシーを解説。ブーバー『我と汝』に基づく「相手を存在として受け取る尊重の対話」を通じ、支援者自身が社会構造を動かす実践者となる重要性が述べられました。
【実践発表ハイライト②】シニア男性のキャリア支援:体験型面接会の実践
1. ハローワーク木場「シニア応援コーナー」が向き合う現場のリアル(若栗幹衛 さん)
生活支援アドバイザーの若栗幹衛さんからは、ハローワークにおける個別の伴走支援のリアルが報告されました。シニア求職者の急増に対し、5年ごとの「年齢の壁」、事務職希望過多による「ミスマッチの壁」、過去の管理職体験による「プライドの壁」という3つの構造的課題が提示されました。
2. 「体験型面接会(シニアのキッザニア)」の成果と持続可能性の課題
固定観念を解き自己効力感を回復させるため、ハンバーガーショップやマンション清掃等での事前模擬体験+企業交流・面接を行う「体験型面接会」を実施。体験を通じて「できそうだ」と実感することで、参加者の約8割が面接へ進み、内定率40〜50%という顕著な成果を上げました(「シニアのキッザニア」)。一方で、企業現場の負担の大きさや職種の広がりの難しさ(マンネリ化)といった運用上の課題も示されました。
【グループワーク & 全体共有ハイライト】深まる対話と今後の方向性
グループワークでは、「血の通った本音の対話の必要性」「支援者自身の当事者性と偏見(ステイグマ)の排除」「企業に刺さる言葉への翻訳(フレーム)の技術」が議論されました。
1対1の相談対応にとどまらず、個人の声から組織や社会構造の課題を見出し、適切なアプローチで働きかけていくアドボカシーの重要性が再確認されました。
【参加者の学びと気づき】
事後アンケートには、深い気づきと決意の声が多数寄せられました。参加者の皆さまから寄せられた声を抜粋してご紹介します。
グローバルな社会正義論の系譜を学び、自身の支援の原点と視座を捉え直せた
「キャリア再起」の情熱に触れ、企業内で社会正義や人権を推進する勇気を得られた
シニア就労のリアルと「体験型面接会」を知り、支援者の当事者性を再確認できた
「ノースとサウスの対話」の重要性を理解し、本音で語り合える対話の価値を実感した
対面開催での熱度の高い交流を通じ、持ち場で実践を重ねる志とネットワークを固められた
【顧問・下村英雄先生からの振り返りコメント】
第12回研究会を終えて
毎年1回開催している対面開催に、今回は全国から60名もの皆さまにお集まりいただき心より感謝申し上げます。対面ならではの熱気と高密度な対話に包まれ、大変深みのある1日となりました。
午前中の講義では、IAEVGの最新動向から世界各地の「社会正義のキャリア支援」を俯瞰いたしました。東アフリカの「触媒」としての支援、南米のマルセロ・リベイロが提唱する「ノース(普遍的理論)とサウス(ローカルな現実)の共構築」、欧米の「トラウマ・インフォームド・キャリアカウンセリング」など、多様な知見を共有しました。不公正にクライエントを適応させるのではなく、公(おおやけ)の視点を持って社会正義にコミットしていく姿勢が重要です。
午後の実践発表では、佐藤美礼さん、天池とも子さん、藤原侑亮さんから、企業内における「キャリア再起」「ビジネスと人権」「尊重の対話」という先進的な報告がなされました。また、若栗幹衛さんからのハローワークにおける「シニア男性支援・体験型面接会」の実践は、自己効力感の理論を体現した素晴らしいモデルであり、高水準な日本型支援の成果でした。
グループディスカッションを通じて、「違和感や違いを感じることこそが内省と意識化を生む」という対話の本質が体現されていたことも印象的でした。1対1の対話は、単に目の前の人を救うだけでなく、社会構造そのものを動かしていく一歩となります。それぞれの現場で奮闘される皆さまが、この歩みとネットワークを糧に、再び自らの持ち場で「社会正義のキャリア支援」を体現していかれることを心より応援しております。
