第13回 社会正義のキャリア支援研究会 開催報告
「トラウマ・インフォームド・キャリアカウンセリングを読む」
顧問:下村 英雄(しもむら ひでお)先生
当研究会顧問/キャリア心理学者/東京成徳大学大学院講師。⽇本キャリア教育学会前会⻑/⽇本産業カウンセリング学会元監事/筑波⼤学⼤学院博⼠課程⼼理学研究科修了・博⼠(⼼理学・筑波⼤学)/主著に『現代キャリア心理学通論-職業指導から物語、社会正義へ』『キャリアコンサルティング理論と実際6訂版-専門家としてのアイデンティティを求めて』(雇用問題研究会)、『成⼈キャリア発達とキャリアガイダンス:成⼈キャリア・コンサルティングの理論的・実践的・政策的基盤』(労働政策研究・研修機構/平成26年度労働関係図書優秀賞)、『キャリア・コンストラクションワークブック:不確かな時代を⽣き抜くためのキャリア⼼理学』(共著/⾦⼦書房)、ほか多数。
第13回研究会では、近年キャリア支援の世界的潮流として急速に注目を集める「トラウマ・インフォームド・キャリアカウンセリング(TICC)」をテーマに学びを深めました。当研究会顧問の下村英雄先生による最新海外論文や国際動向の解説に続き、参加者同士のグループディスカッションおよび全体での知見共有を実施。トラウマを単なる個人の心理的問題や過剰反応と捉えるのではなく、「脳機能への影響」や「環境との相互作用(社会モデル)」として多角的に捉え直し、支援者がいかに安全で希望のある伴走支援を提供できるかについて、現場の実践知を交えた対話が交わされました。
1. 下村英雄先生による講義ハイライト
講義の冒頭、下村先生は「社会正義のキャリア支援の対象層(少数派・周辺層・困難を抱える求職者)は、低い社会階層や理不尽な環境ゆえに慢性的なストレスや心理的負担を抱えやすく、トラウマ・インフォームドケアの対象層と深く重なり合っている」という前提を提示されました。ウクライナにおける退役軍人支援の最新事例を引かれつつ、トラウマが意思決定や思考力といった高次の認知機能に影響を与え、さらにはキャリア全般にも影響を与える点について解説がなされました。
講義の中で示された主要な理論的骨格・キーワードは以下の通りです。
- SAMHSAの「4つのR」と「6つの基本原則」:トラウマの影響を理解し(Realize)、兆候を認識し(Recognize)、知識をもって対応し(Respond)、再トラウマ化を防ぐ(Resist)という「4つのR」が支援の原則として示されました。また、安全性の確保、信頼性と透明性、ピアサポート、協力と互恵性、エンパワメント・声・選択、文化的・歴史的・ジェンダー的配慮の6原則が不可欠であることが強調されました。
- 逆境的小児期体験(ACEs)等と脳機能への影響:児童期のトラウマの他、成人後の凄惨な経験・ハラスメントは、実行機能を制御する脳の新皮質領域に影響を与え、意思決定能力を低下させます。本人のやる気のなさではなく「脳機能への影響」として捉える視点が示されました。
- レジリエンスの「個人モデル」から「社会モデル」への転換:レジリエンスを個人の性格特性としてのみ捉えるのではなく、周囲のサポート構造や社会関係資本、集団のピアサポートを通じて支える「社会モデル(環境への働きかけ)」へとシフトすることの重要性が説かれました。
- TICC(トラウマ・インフォームド・キャリアカウンセリング)におけるHEARTモデルとCCIの代替実践:Cardello & Wright (2024)のHEARTモデル(希望の醸成、安全の確立、慢性ストレスの認識とその対応、回復力の構築、継続的トレーニング)が紹介されました。また、サヴィカスのキャリア構築インタビュー(CCI)において幼少期の最初の記憶を安易に穿り返すリスク(再トラウマ化)に触れ、グラウンディング(現実に意識を引き戻す技法)や、成人後の成功体験・未来志向の質問への代替アプローチが提案されました。
2. グループディスカッション&全体対話のハイライト
講義後のグループディスカッションおよび全体交流では、大学、ハローワーク、福祉、企業人事、個人支援など、多様な現場で活動する参加者から実践上の課題や問いが出されました。
【主な論点と対話のポイント】
- 本人がトラウマを自覚していない場合の対応:「就職活動中の学生や相談者が自らの生きづらさや意思決定の困難の背景にあるトラウマに無自覚な場合、支援者はどう関わるべきか」という問いに対し、過去をこじ開けるのではなく、未来や『今ここ』でできる選択・行動に焦点を当てるアプローチの有効性が話し合われました。
- 安易なリファー(引き継ぎ)への再考:「トラウマやメンタル不調の兆候が見られた際、直ちに心理専門職へ手放してしまうと、キャリア支援を求めて来訪した相談者の意思に応えられない」という問題意識が共有されました。適切な安全配慮を行いつつ、キャリア支援者として伴走を継続すること自体がメンタルヘルスの改善や回復に寄与する可能性が確認されました。
- 日常のルーティンと持続的伴走:日常の決められた日課や役割を着実に積み重ねることが心理的安定や回復を促すという意見や、一回限りの面談にとどまらないグループ支援・組織介入の可能性について意見交換が行われました。
3. 【参加者の学びと気づき】
参加者アンケートから得られたリアルな声をご紹介します。
トラウマを脳機能への影響と捉えることで支援者自身のバイアスを省察できた
「今回の講義を通して、トラウマは単に過去の出来事として存在するのではなく、キャリア形成や進路選択、自己肯定感にも影響を与える可能性があることを学びました。本人がその影響に気づいていない場合もあり、支援者がトラウマの視点を持つ重要性を感じました。」
(専門学会所属キャリア支援者)
「トラウマを抱えている求職者の『実行機能を制御する脳の新皮質領域が影響を受け、意味づけや思考機能が低下する』相談を受けたばかりで、学びを振り返ることができました。バイアスを排除しつつ、一緒に求職者をサポートできる支援体制と戦略を考えていきたいです。」
(公的就労支援機関/ハローワーク勤務)
「トラウマの知識を得たからこそ、『何でもトラウマを抱えたクライアントに見えてしまう』逆バイアスがあり得るという指摘が大変興味深く、フラットに相手に向き合う姿勢の大切さを教わりました。」
(民間企業・キャリア支援者)
無理に過去を開示させず今と未来の選択に焦点を当てる勇気を得られた
「奥底に潜むマグマのようなものを感じつつも無理に蓋を開けず、今のキャリアの問題が将来に向かって解決に向かう思考や行動を支援する。そこにキャリア支援の妙味があると再確認でき、自信と力をいただきました。」
(自治体就労支援員)
「過去を掘り起こし過ぎず代替質問を用い、HOPE(希望)や未来志向で支援していく基本姿勢に深い納得感を得ました。サヴィカスがトラウマを初期から意識していたという指摘も非常に興味深かったです。」
(個人事業主/キャリア支援者)
「サヴィカスのキャリア構築インタビューを個別支援で活用していましたが、本人の強みが現れやすい時間軸を選択し、『キャリア→未来』へと繋げる視点の必要性を学びました。」
(高等教育機関/大学キャリアセンター勤務)
個人の枠を超えて安心な環境や集団のピアサポートで支える視座を持てた
「共感し合える仲間との関わりや安心できる居場所の中で、新たな愛着体験を得られる可能性があることを学びました。個人モデルから社会モデル・生態学的支援へと視野を広げていきたいです。」
(学会所属キャリアコンサルタント)
「職場のハラスメントやいじめの影響が10年15年と続くという話を聞き、自らの経験とも重なって腹に落ちました。1対1の面談だけでなく、組織全体やピアグループを活用してお互いを支え合う環境づくりの大切さを実感しました。」
(IT関連企業勤務)
安易なリファーを避けキャリア支援者として逃げず伴走する意義を実感した
「クライアントがトラウマを話題に出しただけで安易に心理臨床へリファーしてしまうと、キャリアカウンセリングを求めてきた意思を否定することになりかねないという視点が非常に強く印象に残りました。」
(人材サービス企業勤務)
「メンタルやトラウマを抱えていても、適切な就労・キャリア支援を提供すること自体がメンタルヘルスの劇的な改善に繋がるというお話に大きな希望と勇気をいただきました。」
(障害者就労支援機関勤務)
ルーティンの継続と手探りの探究の中に支援の意義を見出せた
「講義で触れられた『決められたことを継続する力や日課・ルーティンの重要性』について改めて考えさせられました。日々の安定した行動の積み重ねを支えることが、確かな回復へ繋がると理解できました。」
(医療機関支援員)
「TICCはまだ手探りの初期段階だからこそ学び続ける意義があり、AIキャリアアドバイザーには代替できない『人間ならではの信頼関係と傾聴』により成立するものだと確信しました。」
(大学教育機関講師)

今回は「トラウマ・インフォームド・キャリアカウンセリング(TICC)」という、世界的にも新しく、かつ実践上の難易度が高いテーマを取り上げました。多くの志ある皆さまにお集まりいただき、心より感謝申し上げます。
トラウマ・インフォームドケア(TIC)は、本来は心理療法家だけでなく、医療、教育、福祉、ハローワーク、企業人事など、多様な対人支援職が「トラウマの影響を念頭に置きながら支援を行う」ためのアプローチです。しかし実際のキャリアカウンセリングの現場では、どこまで深入りすべきか、あるいはリファーすべきかという線引きに、多くの支援者が苦悩されています。
重要なことは、トラウマがあるからといって安易に支援を手放してしまうのではなく、「キャリア支援そのものがクライエントの回復やレジリエンス(回復力)を引き出す強力な手段になり得る」点を考慮すべきです。失業や不公正な環境による心理的負担は、適切な就労支援や安心できる居場所(ピアサポート)、未来志向の目標設定によって改善する側面を持っています。
TICCの研究と実践は、まだ始まったばかりの手探りの段階にあります。だからこそ、現場の第一線で葛藤しながら挑戦を続ける皆さまとともに事例を持ち寄り、問いを重ねていく研究会の役割が大きいと感じています。今後も社会正義の視点を軸に、理論と実践を往還しながら相互研鑽を深めてまいりましょう。