第14回 開催報告:社会正義のキャリア教育―勝又あずさ先生との特別対談

第14回 社会正義のキャリア支援研究会 活動報告
  • テーマ:社会正義のキャリア教育―勝又あずさ先生との特別対談
  • 日時:2026年8月8日(土)10:00〜12:30
  • 開催形態:オンライン(Zoom)
  • 参加人数:64名
ご登壇者紹介
勝又 あずさ(かつまた あずさ)先生
成城大学キャリアセンター特別任用教授。立正大学心理学部非常勤講師。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。成城大学にてキャリア教育カリキュラムの構築・マネジメント、科目「キャリアの多様性と社会正義」のほかグリーンガイダンスやサービスラーニング等を担当。主な共著に『共生社会の大学教育』(東信堂)など。
下村 英雄(しもむら ひでお)先生
当研究会顧問。キャリア心理学者。東京成徳大学大学院講師。日本キャリア教育学会前会長。筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。博士(心理学)。主著に『社会正義のキャリア支援』(図書文化)、『現代キャリア心理学通論』(雇用問題研究会)ほか多数。
第14回社会正義のキャリア支援研究会 特別対談勝又あずさ先生・下村英雄先生
【開催概要・サマリー】

第14回研究会では、成城大学キャリアセンター特別任用教授の勝又あずさ先生をお迎えし、顧問の下村英雄先生との特別対談および参加者を交えたフリーディスカッションを開催いたしました。

世界的なキャリア支援の潮流において「物語(ナラティブ)」と並ぶ中核概念である「社会正義(ソーシャル・ジャスティス)」。下村先生からの理論的枠組みの提示に続き、勝又先生より成城大学で開講されている「キャリアの多様性と社会正義」をはじめとする先進的な授業実践の数々が報告されました。個人への支援にとどまらず、社会構造や多様な当事者の生き方に目を向け、学生自身が社会の担い手・当事者として意識を醸成していく対話とフィールドワークの実践は、国内外でも稀有な先駆的知見として深い感銘と活発な議論を呼び起こしました。

◆ 下村英雄先生:社会正義のキャリア教育論とフーリーの5つの質問

前半の講義では、当研究会顧問の下村英雄先生より、アービング(B. A. Irving)の批判的キャリア教育論およびフーリー(T. Hooley)の「5つの質問」を基礎とした理論的背景が解説されました。

アービングは、従来のキャリア教育・キャリアガイダンスが「グローバルな労働市場における雇用主の要求と結びついた道具的価値(=企業に都合の良い人材の提供)」を強調しすぎてきた姿勢を批判します。これに対し、人々の差異や多様性を認める「承認的正義」と、不公正な現実をただ受け入れるのではなく問い直す「批判的正義」に基づいたキャリア教育の重要性を提唱しました。自己理解や職業理解に加え、仕事の成り立ちや構造的課題を吟味する「批判的理解」を盛り込むことが求められます。

社会正義のキャリア教育におけるフーリーの5つの質問と批判的理解

また下村先生は、フーリーが提示した以下の「5つの質問」を紹介されました。

  • ① 私は何者か(Who am I?)
  • ② 世の中はどのように動いているのか(How does the world work?)
  • ③ 私は世の中のどこに属するのか(Where do I fit into the world?)
  • ④ 私は世の中の他の人とどう生活していくのか(How can I live with others in the world?)
  • ⑤ 私は世の中を変えることにどう取り組むのか(How do I go about changing the world?)

キャリア教育を「自分がやりたいこと」の探索のみに閉じさせるのではなく、「自分が人より少し得意なことを持ち寄り、社会にどのように役立て、世の中をより良くするためにどう貢献できるか」を問いかける実践への昇華が提示されました。

◆ 勝又あずさ先生:大学における「キャリアの多様性と社会正義」教育実践

続いて勝又あずさ先生より、成城大学の新キャリアプログラム「Seijo Career Program(SCP)」における「働く×学ぶ×貢献する×生きる」をコンセプトとした教育実践について、詳細な報告が行われました。

成城大学では、全学共通教育として16のキャリア科目を体系化。その中核をなす「キャリア・プラクティスⅥ(多様性と社会正義)」では、学生自身が社会に生きる当事者として問題意識を育むため、以下の3つの主要テーマと現地フィールドワーク、ゲストセッションを組み合わせた徹底的な対話授業が展開されています。

成城大学におけるキャリアの多様性と社会正義の教育実践プログラム

1. 当事者と直接向き合う3つの社会テーマと実践

  • 出産・家族の多様性を巡る課題:不妊治療や流産・死産を経て特別養子縁組で子どもを迎えた当事者のライフストーリーを伺い、信濃町の二葉乳児院を訪問・交流。現場の背景にある社会課題を直接体感する。
  • セクシュアリティ(LGBTQ+ / HIV)を巡る課題:オープンリーゲイの文化人類学者である砂川秀樹先生による講義や当事者手記の朗読、新宿2丁目のコミュニティセンター「akta」訪問や「TOKYO AIDS WEEKS」への参加を通じ、偏見や構造的課題に向き合う。
  • ホームレス・生活困窮を巡る課題:『ビッグイシュー日本』および山谷地域の「山友会」と連携。新宿駅での販売体験「道端留学」を通じ、傍観者ではなく当事者として街頭に立ち、社会的排除とセーフティネットのあり方を考える。

2. 映画上映会を通じた多文化共生と回復の対話

さらに授業の実践として、学内外に開かれた映画上映会と交流会を開催されています。

  • 『カムイのうた』上映会:アイヌ文化伝承者・知里幸恵の生涯を描く映画を上映。多文化共生とは単に「仲良くする・分かり合う」ことだけではなく、互いに干渉せず異なる価値観が存在したままでも力による抑圧を排除する態度であることを共有。
  • 『プリズン・サークル』上映会:受刑者同士の対話により更生を促すTC(回復共同体)を導入した刑務所のドキュメンタリー。学生と一般参加者88名が交流し、社会的孤独や内省のプロセスについて語り合った。

その他、サヴィカスのキャリア構成インタビュー(CCI)を学生同士のペアワークで導入した自己探究の実践や、小田急電鉄と連携しキャンパスや地域のゴミ削減・資源循環を提案する「グリーンガイダンス(サステナビリティ教育)」など、理論を架空の論理に留めず現場のリアリティへ接続する先駆的な取り組みが紹介されました。

◆ ディスカッション&フリートークでの深まり

対談および後半のフリートークでは、企業・教育・需給調整・福祉など多様な領域の実践者が活発な意見交換を行いました。

  • 建前と理念を純粋に追求する意義:シビアな現実に即座に折り合いをつけるのではなく、若い時期に「社会はどうあるべきか」という高い理念や建前を純粋に思考し、抽象度の高い視点から自らのキャリアや捉え方を広げる体験の重要性が強調されました。
  • マジョリティ・教える側の自己省察:SDGsやサステナビリティ教育に対し学生から発せられた「マジョリティの存在も共に議論されるべきでは」「大人がまず自らサステナビリティを体現してほしい」という本音の示唆を受け、支援者や大人の側も常に評価・省察されている真摯な姿勢が必要であることが語られました。
  • 持ち場でできる一歩の実践:企業の経営層やキャリアコンサルタントが不公正な構造に気づくアンテナを磨くこと、自分の足元の持ち場でできる支援を積み重ねていく姿勢が共有されました。
第14回社会正義のキャリア支援研究会

【参加者の学びと気づき】

参加者アンケートより寄せられた声をご紹介します。

個人の内面にとどまらず社会の構造的課題を捉える批判的理解の視点に開眼した

一番印象に残ったのは「批判的理解」という視点でした。支援者として、制度や現場の制約に対して「仕方ない」と受け入れがちだった現状を振り返り、「本当にこの仕組みのままでよいのか」と問い直す姿勢こそが、相談者のエンパワメントにつながると強く実感しました。
(大学キャリアセンター)
「やりたいこと」を探させる従来型の支援に限界を感じていました。自分の得意なことを持ち寄って社会にどう貢献できるかという問い(フーリーの5つの質問)は、相談者の視野を個人の内面から社会構造へ一気にひらく強力なアプローチだと学びました。
(公的機関)

当事者のリアリティに触れる体験が自己と社会をつなぐ大きな転換点になると確信した

勝又先生の実践において、単なる座学ではなくビッグイシューの販売体験や当事者との対話など「リアリティ」を重視されている点に感銘を受けました。自分ごととして社会課題に触れる体験が、学生自身の思考や人間的な深みを圧倒的に育てるのだと理解できました。
(民間企業・キャリアコンサルタント)
不妊治療・特別養子縁組やセクシュアリティなど、タブー視されがちなテーマにあえて踏み込み、当事者の汗や想いに触れさせる取り組みに圧倒されました。学生自身が「知らなかった自分」の偏見に気づき、社会のセーフティネットの担い手へ意識を変容させていく姿に希望を感じます。
(教育機関)

多文化共生とは安易な同化ではなく異なる価値観を抑圧せず共存させる態度だと深く理解した

『カムイのうた』や『プリズン・サークル』の上映会を通じた学生の感想が非常に秀逸でした。多文化共生を単に「分かり合う・仲良くする」ことと捉えず、相反する立場や違いが存在するままでも力で抑圧しない関係性として捉える若い世代の感性に感銘を受けました。
(研究機関・専門職)
当事者の置かれた構造的ギャップや社会的孤立に向き合うことで、「受刑者と自分たちの違いは大きくない」と気づくプロセスは、認識論的不正義を解消する本質的な学びだと感じます。ダイバーシティの本質を改めて考えさせられました。
(NPO法人支援員)

支援者や組織が、自らのバイアスを省察することや、高い理念を追求する姿勢の重要性を痛感した

学生からの「大人がまずサステナビリティを体現してほしい」「SDGsの押し付けを感じる」という本音の指摘が胸に刺さりました。支援者や企業側が『教える立場』に甘んじることなく、常に自らの行動や評価の目線を意識し、双方向で学び合う姿勢が不可欠だと痛感しています。
(企業人事・人材開発担当)
現実のシビアさに流されて理念のレベルを下げてしまうのではなく、理想や建前としての『社会正義』を高い次元で保持し続けることの大切さが語られ、ハッとさせられました。日々の支援業務の中で、ブレない軸としてこの理念を持ち続けたいと思います。
(高齢者・障害者就労支援)

「自分の持ち場でできる実践」を愚直に積み重ねていく勇気を得た

「大きな社会変革を起こすことだけが正解ではなく、自分の持ち場でできる範囲で、自分なりの社会正義を実践すればよい」というメッセージに救われました。現場で抱えるジレンマの中で、できる一歩を愚直に踏み出そうという勇気が湧きました。
(地域・福祉領域コンサルタント)
組織や制度の壁にぶつかることも多いですが、当事者の声を丁寧に聴き、必要に応じてアドボカシー(働きかけ)を行う姿勢を忘れないようにします。全国の仲間と志を共有できるこの研究会自体が、大きな支えになっています。
(需給調整領域支援コンサルタント)
【顧問・下村英雄先生よりコメント】
今回は、勝又あずさ先生による成城大学での先駆的かつ情熱あふれるご実践をご報告いただきました。多様な社会課題の当事者や現場と深く繋がり、学生が自ら社会の当事者として意識を育むという、素晴らしいキャリア教育の事例報告でした。大変貴重なお話をいただき、心より感謝申し上げます。

キャリア支援において、就職実績などの目標を追うことはもちろん重要です。しかし、まだ学生という柔軟な時期に、物事を高く広い抽象度で捉え、「世の中はどう動いているか」「自分は他者や社会にどう貢献できるか」という理想・理念に触れる体験は、その後の人生において揺るぎない確固たる基盤となります。

社会のシビアな現実に即座に折り合いをつけるのではなく、あえて建前や理想を純粋に追求する。そして同時に、勝又先生が「自分の持ち場でできることを少しずつやっているだけ」とおっしゃったように、足元のことから一つひとつ愚直に実践を重ねていく。この「高い抽象度での理念の追求」と「身近な現場での具体的な実践」を往還することこそが、社会正義のキャリア支援の真髄です。参加された皆様がそれぞれの持ち場で、自分なりの「社会正義」の第一歩を踏み出されることを切に願っております。

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