第10回開催報告:Global Career Month & 社会正義のキャリア支援の原点と探求

第10回社会正義のキャリア支援研究会開催報告

第10回研究会 活動報告

Global Career Month & 社会正義のキャリア支援の原点と探究

開催日時:2025年12月20日(土)10:00〜12:30 開催形態:オンライン(Zoom) 参加人数:65名

【講師・研究会顧問】

下村 英雄(しもむら ひでお)先生

キャリア心理学者/東京成徳大学大学院講師/日本キャリア教育学会前会長/筑波大学博士(心理学)

主著に『社会正義のキャリア支援』(図書文化)、『キャリアコンサルティング理論と実際 6訂版』(雇用問題研究会)、『成人キャリア発達とキャリアガイダンス』(労働政策研究・研修機構/平成26年度労働関係図書優秀賞)など多数。

【開催概要】発足2周年の節目に学ぶ、国際動向と社会正義論の原点

当研究会は、2025年12月20日の開催をもって発足2周年を迎えました。当日は全国から65名の支援者がオンラインで参加し、2周年を記念する特別なプログラムとして、顧問の下村英雄先生による2部構成の特別講義を中心に実施しました。

前半では、11月のグローバル・キャリア・マンス(Global Career Month)を受けた最新の国際機関(ILO、OECD等)の動きや、ブラジルの研究者マルセロ・リベイロ氏が唱えるグローバル・サウスのキャリア支援論を紐解きました。後半では、日本キャリア・カウンセリング学会第30回記念大会でのシンポジウム内容をさらに発展させ、1990年代以降のカウンセリング理論の変遷と、ポストモダンを超克する「新たな大きな物語」としての社会正義論について講義が行われました。

講義後は「企業における実践」「若年者支援」「ハラスメント」「障害者支援」などのテーマ別交流会およびフリートークが行われ、全国の支援者がそれぞれの現場における課題や実践知を共有し、多角的な対話が交わされました。

講義ハイライト:グローバルな知見からキャリア支援の本質を捉え直す

1. 海外ニュースとグローバル・サウスの視点(非行防止・認識論的不正義・共構築)

講義冒頭では、著書『社会正義のキャリア支援』p.38〜39を踏まえ、国際機関(ILOや世界銀行等)において「非行や犯罪を防ぐ機能」がキャリア支援の重要な役割として位置づけられてきた歴史的背景が解説されました。開発途上国等において適切に進路選択の機会が提供されない場合、若者が不法行為や犯罪組織に巻き込まれるリスクが高まるため、人的開発および経済定着の基盤としてキャリアガイダンスが強く期待されています。

続いて、2020年代に入り約20年ぶりに国際機関(ILO、OECD、UNESCO等)でキャリア支援の議論が活況を呈している背景として、SDGs、移民問題、コロナ禍、戦争、AIの台頭といった複合的な社会問題が存在することが提示されました。欧州では、キャリア支援が広範な社会課題を解決するための政策的手段として定着しています。

特に、ILOのオンラインイベントに登壇したサンパウロ大学のマルセロ・リベイロ(Marcelo Afonso Ribeiro)氏の議論が詳しく紹介されました。リベイロ氏は、グローバル・ノース(先進国)で生まれた既存のキャリア理論を普遍的なものとして他国へ押し付ける状態を「認識論的不正義(Epistemic Injustice)」と批判します。

ILOオンラインイベントの登壇者と国際的な社会正義論の広がり

雇用保護のない仕事や断片的なキャリア選択を余儀なくされる現場において、ノースの理論をそのまま適用するのではなく、支援者とクライエントがローカルな文脈(地域リソース等)を活用しながら対話によって意味を立ち上げる「異文化間対話による共構築(コ・コンストラクション)」の重要性が説かれました。カウンセラーの専門的知識とクライエントの日常生活知識を対等に融合させるアプローチは、日本の支援現場にも強い示唆を与えます。

2. 「小さな物語」の限界と、新たな「大きな物語」としての社会正義

講義後半では、「社会正義とは何か」という根源的な問いについて探究が深められました。アマルティア・センの「比較的正義(comparative justice)」やサルタナの「ゴールではなくスタンス」という概念が参照され、社会正義とは固定的な完成形を目指すものではなく、目の前の「不正義」を少しずつ減らしていく支援者の姿勢そのものであることが確認されました。

また、1990年代以降のキャリアカウンセリング理論の歴史的変遷が整理されました。かつて企業中心・白人男性中心だった「大きな物語」が崩壊したことで、個人の文脈や多様な背景を尊重する多文化アプローチやポストモダン(ナラティブ・キャリア構築理論等)の「小さな物語」が重視されるようになりました。しかし、この「小さな物語」の尊重が行き過ぎると、多様な個人をありのまま受け止めることしかできなくなる(教条的なロジャーズ主義)や、アイデンティティの細分化による分断、さらには「どうやって食べていくか」という強い市場の価値観(経済的原理)に無自覚に回収されてしまう限界が生じます。

ポストモダンを超克する新たな「大きな物語」としての社会正義論

こうしたポストモダンの相対主義の限界を超克するために求められるのが、個人の「小さな物語」を優しく包み込み、人間としての尊厳や公正さを支える新たな「大きな物語」としての「社会正義論」です。個人の問題を単に個人の内面に帰結させるのではなく、背景にある社会構造や組織環境へ目配りしながら、支援者が自らの持ち場でできる範囲の貢献を行っていくという、キャリア支援の原点となるアプローチが示されました。

【参加者の学びと気づき】

事後アンケートには、国際動向から自身の現場の実践まで、多角的な視点から深い気づきを得たという声が多数寄せられました。

1. 「認識論的不正義」を知り、支援現場で感じていたモヤモヤが言語化された

「キャリコンサルティングの南北問題、モヤモヤしていたものが、これだと気づきました。日本という国も歴史、文化をみれば、どちらにも入るし、国内に目を向けても南北問題は存在していると思います。しかしながらそこに目を向けず、フラットな関係が前提でキャリアコンサルティングが行われているのは、考える余地がありますね。」(キャリア支援団体)

「キャリアリングという言葉は初めて聞きました。印象に残ったのは認識論的不正義に関するテーマでした。ある知識のあるキャリコンが理論を普遍化し、他者に押しつけられている状態というのは、ある意味不公正な維持装置になってしまっているのではないかと感じました。」(研究機関所属)

2. 地域や現場の文脈に即し、クライエントと「共構築」する重要性を実感した

「グローバルノースとグローバルサウスの調停・超克という考え方、そして日本型雇用への解釈はまさしくだなと思いました。そして日本もまさにインフォーマルに移っている黎明期の中で、なんでもかんでも価値観を認める多様性の重要性が問われていますが、ここも大きな転換点を迎えていると感じます。」(民間企業)

「社会正義はキャリアに関することだけではなく、教育、産業労働分野など社会の様々な部分で必要な考え方だと思います。自身としてはハラスメント予防と社会正義をテーマにこれから自分の出来ることを広げていきたいと考えています。」(研究機関所属)

3. 「小さな物語」を尊重しつつ、それを包み込む「大きな物語(社会正義)」の必要性を理解した

「小さな物語を包み込む大きな物語の大切さについては、企業においても重要だと思いますので、すごく納得感がありました。企業でも多様化を進めている一方、企業における社会正義(ビジョン、パーパス)によって束ねていくことかと思います。」(民間企業)

「ミランダ・フリッカー『認識的不正義』やアマルティア・セン『正義のアイデア』はこれから学ぼうと思っていたので、取り上げていただいてちょうどよかったです。また、人文学徒の学ぶようなちょっと小難しいポストモダンの思想が、キャリア支援にも広がりがあることが興味深かったです。」(民間企業/大学院修士課程)

4. 日本型雇用や日々の身近な支援も、「社会正義」の視座から捉え直せた

「最後のフリートークでおっしゃられた『日々の出来事が、これはどうキャリア支援と関連するか』この視座の高さを私も意識したいなと強く思いました。」(キャリア支援者)

「不勉強ながら、社会正義のキャリア支援はまだまだ勉強中です。非常に自分自身のこれまでの歩みが重なって、『あ、自分のやりたい道はここだ!』とブワッと何かが降りてきました。直近のキャリアコンサルタント国家試験に合格したばかりで、定まっていないところもありますが、『社会正義のキャリア支援』をメインテーマに歩みたいです。」(キャリア支援者)

5. 多様な現場で奮闘する仲間との対話から、支援者としての志と勇気を得られた

「私がふだん接している職場や大学の緊張感のある雰囲気ともまた違っていて、下村先生や参加者のみなさんの話の受け止め方がとてもすばらしかったです。」(民間企業/大学院修士課程)

「初めての参加でしたが、大変有意義でした。参加者の意識が高く、素敵な勉強会です。」(民間企業)

【顧問・下村英雄先生からの振り返りコメント】

第10回研究会を終えて

おかげさまで当研究会も発足2周年を迎えることができました。毎回、熱心な関心を持って全国から集まってくださる多くの皆さまに、心より感謝申し上げます。

今回は2周年記念の特別回として、海外におけるキャリア支援の最新トピックやグローバル・サウスの理論、そして「社会正義とは何か」という根底のテーマについてお話しさせていただきました。欧米や国際機関での議論は非常にダイナミックであり、SDGsや社会的分断、環境問題などと連携しながら、キャリア支援が広範な政策手段として期待されています。ブラジルのリベイロ先生が主張するように、先進国の理論を普遍的な知としてそのまま当てはめるのではなく、それぞれの現場や地域の文脈(コンテキスト)に即して、クライエントと共に対話を通じて立ち上げていく姿勢が求められています。

また、1990年代以降の「小さな物語」を尊重するポストモダンアプローチの広がりの一方で、それらを支える共通の基盤や価値観——すなわち新たな「大きな物語」としての社会正義の必要性について言及いたしました。個人の悩みを単に本人の問題として閉じるのではなく、その背景にある社会構造や環境へと目を配ることこそが、キャリア支援の原点であり本質です。

交流会やフリートークを通じても、支援者の皆さまがそれぞれの持ち場で課題に向き合い、高い視座を持って実践されていることが強く伝わってまいりました。これからも当研究会が、質の高い学びを深め合い、志を共にする支援者の確かな拠り所となれるよう、皆さまと共に探究を続けてまいりたいと思います。

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