第11回研究会 活動報告
フィラデルフィア宣言やILOの歴史から紐解く、キャリア支援の原点
【講師・研究会顧問】
下村 英雄(しもむら ひでお)先生
キャリア心理学者/東京成徳大学大学院講師/日本キャリア教育学会前会長/筑波大学博士(心理学)
主著に『社会正義のキャリア支援』(図書文化)、『キャリアコンサルティング理論と実際 6訂版』(雇用問題研究会)、『成人キャリア発達とキャリアガイダンス』(労働政策研究・研修機構/平成26年度労働関係図書優秀賞)など多数。
【開催概要】「世界社会正義の日」に探究する、労働行政とキャリア支援の歴史的基盤
当研究会は、国連が定める「世界社会正義の日」である2026年2月20日(金)に第11回研究会を開催いたしました。当日は平日の夜間開催にもかかわらず、全国から67名のキャリア支援者がオンラインで集いました。
前半では、顧問の下村英雄先生による特別講義が行われました。著書『社会正義のキャリア支援』を出発点に、国際労働機関(ILO)の歴史的発展、フィラデルフィア宣言における「労働は商品(コモディティ)ではない」という人間尊厳の理念、そして1949年の「職業指導勧告(第87号)」に至る「王道の社会正義論」が体系的に解説されました。
後半では、参加者が事前にお寄せくださった「私が実現したい社会正義のキャリア支援」のメッセージ(寄せ書き)を動画形式で全体共有。障害者支援、ヤングケアラー、復職支援、生活困窮者支援、官公庁の窓口業務など、さまざまな現場で奮闘する支援者がそれぞれの志や今後の目標を分かち合い、相互に共感と勇気を与え合う多角的な対話が行われました。
講義ハイライト:グローバルな知見からキャリア支援の本質を捉え直す
1. ILOの歴史的発展と「労働は商品(コモディティ)ではない」という人間尊厳
講義冒頭では、開発途上国等におけるキャリア支援が「非行や犯罪を防止し、社会全体の不安定化を防ぐ」という重要な機能を担ってきた歴史的背景が整理されました。適切なキャリアガイダンスがない場合、人々は限られた情報の中で不本意な進路やインフォーマルな経済活動へ吸い込まれがちになります。個人の潜在能力を発揮し、自発的な職業選択を可能にすることこそが、民主的社会の基礎となることが提示されました。
続いて、ILO(国際労働機関)における歴史的な「三大宣言」の系譜が紐解かれました。 1944年の「フィラデルフィア宣言」では、「労働は商品(コモディティ)ではない」「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」という人道主義的な大原則が打ち立てられました。これは、人間を取り替えのきく労働力(コモディティ)としてのみ扱う市場主義的視点を強く牽制し、個人の尊重と人間尊厳を守る立場を明確にしたものです。
その後、1998年の「労働における基本的原則及び権利に関する宣言」(結社の自由、強制労働・児童労働の禁止、差別撤廃、安全な作業環境)を経て、2008年の「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」(ディーセント・ワーク宣言)へと結実していくプロセスが説明されました。
2. 1949年「職業指導勧告(第87号)」が示す現代キャリアコンサルティングの根底
講義後半では、1949年に採択されたILOの「職業指導勧告(第87号)」に焦点が当てられました。この勧告では、①個人の特性と職業機会のマッチング、②個人の自由にして任意的な選択、③生涯にわたる継続的プロセス、という現代のキャリアコンサルティング施策の根幹をなす基本原則がすでに提示されていました。
さらに、年少者や成人に対する具体的な支援手続(アセスメント、職場体験、追尾指導など)の規定が、戦後日本の労働行政や職業紹介事業、さらには現在の労働政策研究・研修機構(JILPT)の設立の原点になっている歴史的経緯が紹介されました。
こうした歴史的蓄積を踏まえ、下村先生からは「マッチングから能力開発、エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)へと支援の力点が移る中で、労働者を経済的合理性の手段として捉える視点への批判も存在する。我々支援者が自らの専門性を省みる際、ILO憲章やフィラデルフィア宣言が示した『王道の社会正義論』へと立ち返ることが極めて重要である」という本質的な提起がなされました。
【参加者の学びと気づき】
事後アンケートには、国際動向から自身の現場の実践まで、多角的な視点から深い気づきを得たという声が多数寄せられました。参加者の皆さまから寄せられた声を抜粋してご紹介します。
1. 「労働は商品ではない」という宣言に触れ、支援者としての倫理的基盤を再認識した
「『フィラデルフィア宣言』で述べられている『労働は、商品ではない』が、今の時代、重要であることは、キャリアコンサルタントとして認識すべきだと思いました。労働は100円ショップの商品のように取り換えの聞くものではなく、人間の働くことの尊厳の重要性を述べていると思います。」(キャリア支援団体)
「エンプロイアビリティという言葉を、何の疑問も持たずに使用していましたが、資本主義を加速させるための仕組みの1つだったということに改めて気づきました。決して、労働がコモディティーであることは忘れてはいけない一方で、人間一人一人の個性を表現する手段の1つであることも忘れてはいけず、そういったスタンスを持って接することが重要なのだと思いました。」(研究機関所属)
2. 1949年職業指導勧告の歴史的重みを知り、自らの支援の原点を学術的に整理できた
「『社会正義のキャリア支援』の名のもとに集う一員として、【ILO憲章、フィラデルフィア宣言、職業指導勧告、ディーセント・ワーク】の流れを理解し、今なお社会正義を掲げる意味を問い続けねばと、深く心に刻みました。ILO憲章の前文に、一層の重みを感じる今日だからこそ、研究会を通じて社会正義を考え続けて参りたいと思います。」(学術・教育機関)
「『ゴールではなくて、スタンス』『完全になくなりはしないが、心掛けていくこと』がとても印象深く拝聴しました。窓口で相談対応していると、働くことを希望していらっしゃっても、就職になかなか結び付かない心身の状態の方も時折いらっしゃいます。『働けない』と決めつけるのではなく、働くために今できる事は何かを一緒に見つけていく姿勢なのだと、日々の支援を振り返りしつつお聴きしました。」(官公庁)
3. 「世界社会正義の日」に寄せ書きを共有し、多様な現場で奮闘する志を言語化できた
「みなさんのメッセージの動画はとても感動しました。みなさんのメッセージに刺激されるだけでなく、自分が書き記したことを俯瞰することにより改めて自分の意志を強くした次第です。こういう気持ちになれるのも『社会正義のキャリア支援』という大きなテーマに取り組む研究会だからこそだと思います。」(民間企業)
「社会正義という概念、及び社会がこれまで労働と人生をどう取り扱ってきたかの大切な部分を学び直すことができました。また、実際に日本や自分の働いている領域とどう照らし合わせて考えるといいか、思考させていただきました。」(キャリア支援団体)
4. 組織のコンプライアンスや身近な労働環境を、「社会正義」の視座から捉え直せた
「キャリコンによる適切なキャリア支援により組織のコンプライアンス違反やハラスメントを減らすことができるのではないか、との発言をさせていただきましたが、2/20の世界社会正義の日を社内でアピールをして、社員各々が社会や組織に対して貢献できることを考える一日にする方法もあると思います。」(民間企業)
「私は、労働は人権であり、コモディティではない、というふうに考えています。労働は生きるための権利そのものであり、労働自体が命と同義であり、犯すことのできない権利。だから誰一人取り残さないために、手当として当事者の『キャリア支援』を行いますが、社会の仕組みに働きかけるのが、『社会正義のキャリア支援』なのかなと思いました。」(個人事業主)
5. 全国の仲間との熱度の高い対話を通じ、支援者としての存在意義と勇気を得られた
「毎日の業務につい流されてしまう中で、この研究会参加と下村先生の講義を受講することで、キャリアコンサルタントとしての存在意義について、日々の自分の有り様を振り返る大切な時間になっています。」(キャリア支援団体)
「福祉領域で発達障害者の就労移行支援員として働き始め、これまで以上に『社会正義のキャリア支援』が身近な存在になり、この勉強会の機会の有難みが深まっております。これからもあらゆるネットワークを駆使して、浸透を拡げて参りたいと改めて感じた次第です。」(学術・教育機関)
【顧問・下村英雄先生からの振り返りコメント】
第11回研究会を終えて
2月20日の「世界社会正義の日」にあわせ、第11回研究会を開催いたしました。夜間の開催にもかかわらず、全国から67名もの皆さまにお集まりいただき、深く感謝申し上げます。
今回は「王道の社会正義論」をテーマに、ILOの創立やフィラデルフィア宣言、そして1949年の職業指導勧告(第87号)に至る歴史的な知見をお話しさせていただきました。現代のキャリア支援は、マッチングから能力開発、そして市場で通用する人材(エンプロイアビリティ)の育成へと軸足を移してきた歴史があります。しかし、その過程で「労働者をいかに経済的に役に立つ存在にするか」という市場中心の視点に偏ってしまう危険性も指摘されています。
フィラデルフィア宣言が掲げた「労働は商品(コモディティ)ではない」という言葉は、人間を取り替えのきく存在として扱わないという、キャリア支援の最も根本的な理念です。1949年の職業指導勧告が示した「個人の自由で任意的な選択」や「生涯にわたる支援」という原則は、現在の日本のキャリアコンサルティング施策の骨格を形成しています。
後半の寄せ書きや質疑応答を通じても、皆さまがそれぞれの現場(企業、福祉、教育、地域など)で課題に向き合い、高い志を持って実践に取り組まれていることが強く伝わってまいりました。厚生労働省の報告書等においても、「地域・福祉領域」や「アドボカシー」という視点が明記され始めています。我々の仕事の専門性を考えるうえで、こうした歴史的蓄積や王道の理論に立ち返り、キャリア支援を通じて社会正義を実現していく姿勢を大切にしていきたいと思います。これからも皆さまと共に、この確かな歩みを続けてまいりましょう。
